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岡山地方裁判所 昭和47年(ワ)366号 判決 1977年11月16日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人

奥津亘

佐々木斉

被告

右代表者法務大臣

瀬戸山三男

右指定代理人

加藤堅

外五名

主文

一  被告は原告に対して金四万円およびこのうち金一万円に対する昭和四七年九月七日から、金三万円に対するこの判決言渡しの日の翌日から、完済に至るまで各年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を被告の、その余を原告の、各負担とする。

事実《省略》

理由

一原告が昭和四七年六月三〇日まで岡山刑務所において服役したこと、原告が岡山刑務所に在監中から本件ノートを所有していること、原告が出所の前日(昭和四七年六月三〇日)に岡山刑務所長に対して本件ノートを提出したこと、岡山刑務所長は原告を釈放する際に本件ノートを原告に対して返還しなかつたこと、昭和四七年七月一一日、原告訴訟代理人が被告に対して本件ノートの返還を求める訴えを提起したこと、同月一八日、岡山刑務所長が原告に本件ノートを返還したこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがなく、<証拠>によると、原告の岡山刑務所での受刑の初日が昭和四六年三月一三日であることが認められ、右認定を妨げる証拠はない。

二右一の事実と<証拠>によれば、次の事実が認められる。

1  行刑累進処遇令第七三条第一項に基いて法務大臣は、全受刑者についてノートを、自己の用途に使用することができる物品として認可しているが、同条第二項に基いて岡山刑務所においては、本件使用基準を定めて、受刑者のノートの使用を規制している。即ち、本件使用基準によつて、ノート使用上の遵守事項を(1)文意の明瞭でないもの、または暗号等は記載しないこと、(2)みだりに他人の住所、氏名等を記載しないこと、(3)みだらな絵画、創作、又は犯罪に関するものを記載しないこと、(4)勝手に破つたり、加工したりしないこと、(5)その他更生するに適当でないと認められるものは記載しないこと、と定め、右遵守事項に違反した場合には、当該ノートを廃棄し、またはその使用を停止することができることとし、使用を許可したノートには、右遵守事項およびこれに違反した場合の処分を記載した許可書を裏表紙内側に貼付して交付することとし、ノートの所在および使用状況を知るため、適宜検査を行う(一般用として許可したノートについては保安課員による)ことができることとしている。

2  原告が岡山刑務所に入所の際所持し、入所中に購入し、差入れを受けたノートは全部で一七冊であり、原告は、在監中に右のうち一二冊を使用し、本件ノートはそのうちの一冊である。原告は、昭和四七年一月二九日から同年六月三〇日までの間本件ノートを使用し、B5版(所謂大学ノート)の本件ノートの一〇〇頁余りにわたり、日記の形式(但し、右の使用期間中に受けた四回の懲罰の間を除く)で、行間、字間をつめてぎつしりと記述してるが、その記述内容には、別紙記載のとおりの記述のほか、随所に岡山刑務所の処遇に対する批判、不満、職員に対する憎悪、軽蔑の心情を記述したものがある。

3  (一)昭和四七年六月三〇日午後二時頃から約一時間にわたつて、岡山刑務所第一調室において、原告が立会つて、会計課領置係秋山賢治看守部長によつて原告の領置物と領置物台帳の記載との照合点検が行われたが、本件ノートがその場になかつた。そこで秋山看守部長が保安課に照会したところ、同課の藤井第三区処遇係長が「内容を検査する必要があるので預かつている。」と回答したので、秋山は原告に対してその旨伝えた。しかしながら本件ノートをいつまで預かるのかという点については、藤井係長から秋山看守部長に対して、何も連絡がなかつたので、秋山看守部長も原告に対して何も告げなかつた。右のとおり本件ノートは保安課に保管されていたが、秋山看守部長は原告に対して、領置物全部の領収の署名指印を、領置物台帳にすることを求め、原告もこれに応じてその署名指印をした。一方、藤井係長は、本件ノートを直ちに原告に返還するのは適当でないと判断して、これを留置し、仮留品書留簿に記載した

(二) 翌七月一日午前六時頃、同刑務所第一調室において、小玉林一看守立会のうえ、原告は出所のための着替え、領置品等の受領をしたが、その際、小玉看守が原告に対して「足りない物はないか、忘れ物はないか、もう一度確かめてみよ。」と促したが、原告は何も返答、問合わせをせず、午前六時二〇分同刑務所を出門した。

原告は、同日夜になつて本件ノートを所持していないことに気付き、出所後立寄つた処を尋ねたが見付からなかつたので、同月一〇日、岡山刑務所に赴いて質し、本件ノートが同刑務所保安課で保管されていることを知つた。

(三) 原告は、出所にあたつて、岡山刑務所長に対して、帰住先の申告をせず、また在監中、同刑務所長に対して、岡山市○○○×××番地乙野二郎を身元引受人として申告し、右乙野も原告が入所した当初は、原告に対して差入れをしたり原告の領置物の下渡を受けたこともあつたが、同刑務所長は、乙野について身上調査をした結果、同人の住居所が不明であつたので、同人を原告の身元引受人とは認めていなかつた。

4(一)  昭和四七年七月一〇日、原告は本件ノートの回収について奥津弁護士に相談した。同日、奥津弁護士が電話で、岡山刑務所に対し、本件ノートの返還を求めたところ、同刑務所職員が、本件ノートの記載内容に問題があるので検査する旨応答した。そこで、翌一一日、原告訴訟代理人が被告を被申請人として、本件ノートの仮の引渡しを求める仮処分を申請するとともに、本件ノートの返還請求訴訟(訴え変更前の本件訴訟。)を提起した。

(二)  一方、岡山刑務所長は、昭和四七年七月四日開催の刑務官会議において、念を入れて本件ノートを検閲するようにとの指示を与えた。更に同月一四日開催の刑務官会議では、本件ノートを検査終了次第原告に返還する旨の決定がなされた。そして、同月一七日、岡山刑務所長は、原告訴訟代理人奥津弁護士に対して本件ノートを返還する旨の連絡をし、翌一八日、本件ノートを返還した。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三1刑務所は、刑罰である自由刑の執行をもつてその主要な目的とし、併せて受刑者の矯正教育を行うことを目的とする施設であり、しかも多数の受刑者を同時に収容する施設であるから、右の目的を達成し、かつ施設および受刑者の安全の確保、施設内の秩序維持に必要な限度において、受刑者が、その身体的自由、その他一般市民として有する諸権利を制限されることは、当然ということができる。そして、受刑者は、釈放されると同時に、少くともその身体的自由については、法律に基く場合のほか、制限を受けないことになることも当然である。

2  そこで、刑務所内で受刑者が使用したノートについて、受刑者が釈放された後においても、刑務所長が法律に基かないで、受刑者に不利益な処分を行うことができるか否かについて考えてみるに、領置物に関する監獄法第五五条、同法施行規則第一七〇条の規定に照らして考えると、受刑者が釈放直前まで使用していたノートも、釈放と同時に携帯持出させるのが建前である。しかしながら、受刑者の釈放前に当該ノートの記述内容を検査できなかつたことにつきやむを得ない事由があり、かつ受刑者の在監中の行状、当該ノートの記述の体裁等から、当該受刑者の釈放後に刑務所の安全、所内の秩序維持に対する侵害行為を誘発、助長するおそれのある記述(例えば、在監者の逃亡の手引、在監者との違法な連絡、物品授受の方法、刑務所内の警備態勢等についての記述)がなされているおそれがあると考えられる場合には、刑務所長は、受刑者に対して、その釈放後も検査のため当該ノートを留置すること、検査の所要見込期間及び検査終了後のノートの返還方法を告知したうえで、受刑者が釈放される直前まで使用していたノートを、その検査に必要な最少限度の期間に限つて、受刑者の釈放後も占有して、その記述内容を検査し、記述内容に基く必要な処分を行うことは許されると解するのが相当である。

四1 岡山刑務所において、受刑者のノートの使用について、前記二の1認定のとおりの規制を行つていることは、刑務所の安全の確保、所内の秩序の維持、および受刑者に対する矯正教育目的の達成に必要な限度内の規制であつて、適法なものということができる。

2 前記二の2認定のとおり、本件ノートは原告が出所の前日(昭和四七年六月三〇日)まで使用していたものであり、その記述量が膨大であるばかりでなく、記述の方法が、字間、行間をつめて行われているために、通読すること自体が容易でないものであるから、岡山刑務所長が昭和四七年六月三〇日に、本件ノートを原告から提出させてから翌七月一日午前六時二〇分頃に原告を釈放するまでに本件ノートの検査を終了できなかつたことは、やむを得なかつたということができる(<証拠>には岡山刑務所の検査を示す印が押された箇所があるが、<証拠>(本件ノートの写)にはこの印が全く押されていないこと、弁論の全趣旨によると、岡山刑務所においては、受刑者に使用を許可したノートの記述内容の検査は、ノートの使用を終つた場合、使用者が釈放または移送される場合に行い、それまでは、毎日行う舎房捜検の際に、ノートが記述以外の目的に使用されていないか否かの検査のみを行うのを通常としていると認められることからすると、本件ノートは、その使用の中途では記述内容の検査は行われていなかつたものと推認されるが、一般的な刑務所職員の数、担当職務量と受刑者数の関係および使用中のノートの記述内容の検査を行つた場合には、検査を行つている間、使用許可を受けた受刑者が当該ノートを使用できないことになることも生じることなどを考えると、本件ノートの使用の中途で、その記述内容の検査が行われていなかつたことは、岡山刑務所長の職務遂行上の怠慢として非難されるべきことではない)し、前記二の2認定の原告が懲罰を受けた回数と期間の関係、本件ノートの記述内容、体裁等からすれば、原告は少くとも岡山刑務所長の立場から見れば、刑務所内の紀律を犯すことが多く、処遇の難しい受刑者であつたと推認され、同刑務所長が本件ノートに、原告釈放後に岡山刑務所の安全、所内の秩序維持に対する侵害行為を誘発、助長するおそれのある記述がなされているおそれがあり、記述内容を検査する必要があると判断したことには、相当な理由があつたものということができる。

3 しかしながら、前記二の3の(一)、(二)認定事実によつては、原告に対して、その釈放後も本件ノートを検査のために留置することを告知したものとはいえず、他に、右の告知をしたことを認めるに足りる証拠はない。また、前記二の3の(三)認定事実は、原告に対して検査終了後の本件ノートの返還方法を告知しなかつたこと、および検査終了後に岡山刑務所長から原告に対して本件ノートの返還方法を通知できなかつたことを正当化するものではない。

してみると、岡山刑務所長は、原告釈放後の本件ノートの占有を、適正な手続によらないでなしたもので、違法に本件ノートを占有したものといわなければならない。

五岡山刑務所長が刑罰の執行という公権力の行使に当る被告の公務員であること、および原告釈放後の本件ノートの占有が、その職務の執行についてなされたものであることは明らかであり、原告釈放後に本件ノートの占有を継続するについて適正な手続をとらなかつたことについて、岡山刑務所長には少くとも過失があつたものということができるから、被告は国家賠償法第一条第一項によつて、原告が蒙つた損害を賠償する責任がある。

六1 前記二の2認定のとおり、本件ノートの記述が、原告の岡山刑務所出所前約五か月間の日記様のものであること、および前記二の3の(二)、二の4認定の、原告が、本件ノートが手許にないことを知つてから、本件ノートの返還を受けるまでの経過からすれば、原告は、少くとも本件ノートが手許にないことを知つた当初においては、その所在を探し求めて焦慮したであろうこと、岡山刑務所長が留置していることが判明した後も、現実に返還されるまでは、廃棄されるのではないかとの危惧感を抱いたであろうことは推認するに難くない。他方、前記二の3の(一)認定事実からすれば、原告は早期に、本件ノートが岡山刑務所内にあることを推測できたと考えられること、本件ノートの客観的財産価値は極めて少いと考えられること等諸般の事情を合わせて考えると、本件ノートが一七日間岡山刑務所長によつて占有されたことによる原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては、一万円をもつて相当と考える。

2  原告は、刑務所長が本件ノートを返還しないために、原告訴訟代理人に対して仮処分の申請および本件訴訟の提起を委任せざるを得なくなり、手数料二〇万円の支払を余儀なくされたと主張するが、前記認定のとおりの本件ノートが返還された経過からすると、本件ノートが何らの処分もされることなく返還されることを求める原告としては、仮処分の申請、本件訴訟(訴えの変更前のもの)の提起をする必要があつたことは認められるけれども、本件ノートの客観的経済価値等を考えると、原告訴訟代理人に委任したことに因る費用としては、三万円の限度で、岡山刑務所長による本件ノートの違法占有と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

六結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、四万円およびこのうち一万円に対する原告の昭和四七年九月六日付準備書面が被告代理人に送達された翌日であることが本件記録上明らかな同月七日から、三万円に対するこの判決言渡しの日の翌日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度においては理由があるが、右の限度を超える部分は理由がないものといわなければならない。

よつて、原告の被告に対する請求を右の理由のある限度で、認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用し、仮執行の宣言はこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(寺井忠 竹原俊一 高山浩平)

別紙

(一) 昭和四七年一月三一日の項

夕食、一階の俺達がまだ二分の一も食べ終らない時二階三階で点検をとつている。可哀想なものだ保安課長の指示は二階三階は文句が出ないので出さないということか?文句を言われて「なめられた」と不快な思いをしているのなら文句のいわれないような管理をしたらいいのだ!!何もかも押さえつければいいなんて特権意識をふりまわしていると取りかえしのつかないことが起こるのは何も貧富の差から革命が起こるばかりということではないことを証明するだろう。

(二) 同年二月一一日の項

俺はお前さん達に理由のある能書きを言われたくないよう気を付けてやつてるんだ顔を洗い直して来い!!

今日は特に石田部長であつたので余計頭に来た。あの部長は囚人をネチネチといじめつけるかと思うと私みたい反撃能力をもつている囚徒に対してはまるで意久地がない。弱い者いじめの典型的な看守である。アダ名「カラス天狗」顔がそつくり声はカラスのギヤアグワアの質である。ほんのささいなことで「この大馬鹿者奴、お前みたいのがいるから社会がよくならないのだ生きている価値がない」「この大うすバカ野郎奴!!」等罵しる言葉がそのまま囚人憎悪侮蔑を表現していてまるで囚人を寄せつけない、そなな看守には、こつちもはつきりと憎しみをもつて対立してやればいいのだ、自分の職務上の権力を自分の力と過信していると又ぶん殴られることになろう。<後略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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